自分の権利を守るために記録をつけることの重要性について 弁護士 津田二郎

 いくつかの事例から、記録(録音)をすることの重要性について触れたいと思います。

1 退職強要事例

 Aさんは、会社から情報漏洩の嫌疑をかけられ、人事担当者から「退職届に記入しないと懲戒解雇になり、退職金が支払われなくなる」などといわれたため、泣く泣く退職届に署名・押印をして提出してしまいました。

 納得がいかないAさんは、弁護士に相談したところ、就業規則に照らせば、情報漏洩があったとしても懲戒解雇はできないのではないか、それなら人事担当者は嘘を言って退職届の提出を迫ったことになるのではないかということが分かりました。Aさんは半ばあきらめていたものの、退職届に署名押印したときに音声を録音していました。

  受任した弁護士は、会社と交渉して、退職はするものの当時会社が募集していた早期退職に応募したものとして取扱い退職金の増額をすることと退職によってもらい損なった賞与の支払いなどの内容で合意し解決できました。会社代理人は「『人事担当者が懲戒解雇できる』といったことはない」などと手続きの正当性を主張していましたが、音声の録音を聞かせたところ態度を一変させました。音声の録音が早期のいい解決につながりました。

2 長時間労働事例

 Bさんは、会社で重圧のかかる役職を兼務していたうえ、連日、会社に居残って残業したり、持ち帰り残業をしたりした結果、精神疾患を患ってしまいました。

 しかし会社ではタイムカードによる労働時間管理が徹底されておらず、上司は「24時間仕事をして当然」といって部下に残業をさせていたのに、その音声の録音等はありませんでした。

 裁判になりましたが、自宅にもちかえってやった仕事も、「人によってかける時間が違うし、受信メールは残業をした証拠にならない」などといわれ、ほとんど認めてもらえませんでした。

 Bさんは、何とか和解して解決しましたが、精神疾患にかかった責任を会社に認めさせることはできませんでした。

3 残業代事例

 Cさんの勤務する会社は、タイムカードによる労働時間管理を行っていましたが、Cさんは、実際は定時でタイムカードを押した後も会社で残業をさせられていました。会社からは、残業代が支払われていませんでした。

 Cさんは、Googleの位置探知機能を利用して、定時以降も会社に残っていたことを証明しました。その結果、2年前にさかのぼって残業代を支払わせることができました。

 このように、記録(録音)があることによって、解決内容が全く違ってくるものです。黙って録音してもいいのか、とためらう方も多いのですが、個人のプライバシーを覗き見るためではなく、自分の権利を守るために行う記録(録音)行為は概ね違法性が否定されることになります。外に持ち出すかどうかはともかく、その時にしか記録(録音)できないのですから、弁護士や裁判所などに説明するための資料(証拠)として、まずは記録(録音)をすることをお勧めします。

 また、上記3の例のように、位置情報が思わぬ証拠となることもあますので、残業代請求で「証拠がなくて困っている」という方も一度携帯電話の設定をご確認いただけたらと思います。

 また上記の例はいずれも労働事件ですが、記録(録音)の重要性は他の民事事件、刑事事件でも変わりません。なにか大事なことがあるときには、記録(録音)をすることによって自分の権利が守れる場合も多くあります。ぜひ心にとめておいてください。